窓際族を目指すまで

どうも皆様、チャオです。

エリ窓です

当ブログでは私が業務中の暇な時間に意識高く収集した労働法、経済、投資、節税などについて投稿しようと思っておりしたが、まずは今回は自己紹介させてください。

皆様、はじめまして。私は現在アラサーにして大手上場企業の経営企画にて勤務しております。

しかしながら実際やっている業務は週に一回200枚程度の資料印刷とホチキス留めのみで、他には全く仕事を振られなくもなった生粋の窓際社員です笑。

ちなみに年収は約800万円で、これ以上昇給させる気も必要性も感じておりません。

なぜ自分がこのポジションを若くして勝ち取ることができたか、また、なぜ窓際至高思想に至ったのか、生い立ちから順にお話できればと思います。

幼少期

私は昭和の終わりか平成の始めのころ、群馬県のドのつく田舎でボーン致しました。

幼稚園に上がりまではボーと楽しくカブト虫捕まえたり、ポケモンしたりして過ごしていたのですが、幼稚園に上がったくらいからあることに気づきます。

「俺って全く集団行動できないんじゃねーか?笑」

お遊戯をやらせそうになると泣いて先生に反発し、気に入らないことがあるとすぐ他の園児に殴りかかってました(泣)その時の皆様、ごめんなさい。

とまあ、こんな感じの症状は小学校に上がると共に加速し、授業中にいなくなるわ、図工の時間に彫刻刀を投げ出すわ、手に負えない立派なクソガキに成長してしておりました。

10歳になった年にある人生の転機が訪れました。父の海外駐在が決まり、家族でオーストラリアに住むことになりました。

パースというマイナーシティでしたが、海と自然に囲まれとても過ごしやすい所でした。

元々自己主張の強い性格でしたので、白人社会でも特にイジメられることもなく楽しく過ごしておりましたし、町中の人が昼間からBBQとビールをし、人生を心からエンジョイしている姿をみて自分の人生こういう風に進んで行くのだと信じておりました。

そんなこんなで5年ほど立ち、日本に帰国することになりました。高校はいわゆる進学校で、帰国生枠ではなく一般受験で入学しました。

入学したはいいもののそこでの3年間は地獄でしたね泣。閉鎖的な雰囲気で拘束も無駄に厳しく、教員も低脳のくせにとても高圧的。

オーストラリアとの違いなかなか馴染めませんでした。何より、大したサラリーももらっていないのに、深夜まで残業して働く教員の行動が理解できませんでした。

労働ファシズムへの絶望

とある日のこと、一人の中年の教員と些細なことがきっかけで口論になりました。詳細は忘れましたが、教員は「お前のような考えでは社会人でやってはいけない、人ために何かをして成長することこそ一番大切なことだ。」といいました。

頭にきた私は「俺は貴様のように毎日遅くまで働いて、自分が偉いと勘違いしているバカな大人にだけはなりたくない。惨めな人生だな。」といった内容を言い放ちました。

そこで仲裁が入り、論争は終わったのですがその時中年の教員は下を向いて怒りと絶望が入り混じった顔をしていました。

その後半年ほど立ち、文化祭の準備のため夜の10時くらいまで学校に残っていた時のことです。廊下から話し声が聞こえました。

どうやら電話通話のようです。気になって確認して見ると例の中年教員が泣きながら電話していました。内容から察するに家族と話しているようです。

「もうこれ以上働くのは限界なんだ。」「家族のこともあるのは分かっているが理解して欲しい」と退職の許可を家族に確認しているようでした。

その時に私は一瞬で悟りました。「この先生も本当働きたくなんかない。社会構造の犠牲者として自分を騙して楽しんでいるフリをしているだけなんだと。」

そこから私は汗水垂らして働き、社会や会社に身を捧げること美徳としそれを国民に強いてはみ出す者がいれば全員でバッシングする、こと日本にはびこる労働感(以後労働ファシズム)に猛烈な嫌悪感を覚えるようになりました。

そして17歳から、どうすれば徹底して働かなくていいかを研究を始めたのです。

窓際に関するリサーチ

まず、様々な職業の給料、拘束時間、年間の休日日数などを徹底して調べ上げました。すると右記のような傾向がわかりました。

①医者、弁護士はなどの士業系は高給取りではあるが労働集約型の仕事なので激務※特に医者は親が開業医でないと意味がない。

②地方公務員はまったりできるがとにかく薄給、年金分を含めて定年まで勤め上げて初めて美味しい。

③民間企業は会社によって様々だが、企業によっては公務員よりも楽で高給をえることができる。

ちなみに楽でそこそこの給料を狙える企業の業界(当時)は以下の3つですね。

①総合電機メーカー ②インフラ企業 ③化学メーカー

ここまでは、徹底して調べあげここに入社して窓際社員として徹底して働かないことを心に誓いました。

高校入学当時は医学部などの理系志望でしたが、理系の技術職は待遇も悪くかつ激務であることを知り、文転しました。我ながら行動力は高杉ですね笑

またそんなこんなで学部も憲法、民法、刑法、労働法等身を守る法律を学ぶために進学先は慶應義塾大学の法学部にいたしました。

ここまでは割と思い描いていたルール通りに進んでおりましたね!笑笑

学生時代は労働法を中心に勉強しながら、卒業時にはなんとか先ほどのまったり企業に内定をもらうことができ、某大手総合電気メーカーに入社するに至りました。

入社前は、来年からの労働への絶望と同時に、窓際路線に順調に乗っていることにテンションが上がり、完全に舞い上がっておりましたね笑。

社会に出てからは予想外の珍事に巻き込まれ続けるとも知らずに、、、、笑

続きはまた次回!

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